sametimeme's diary

ブログのタイトルなんにしょうかなあ。。。 Interested in ... Gadget / Business / Piano / Scial / Organization / Novel / Management / Travel / Money / Books / Design / Furniture / Supermarket / Camera / iOS /

これで、おしまい。ご愛読ありがとうございました。

このブログは1年前の9月、『何かを生産してないと非生産的だから』という理由の元、以下のルールに沿って開始されたものです。青字にて突っ込みをば。

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ウロンなコトバを使ったらアカンやろう

何時までたっても慣れないものというのがある。僕は、何気ない単語がカタカナで書かれていた文章をみたとき、何時もながら腹が立つやら悲しいやらな気分になり、どうしても慣れない。

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フリーランスの時代

に、なっていると思う。日本の話である。

人口構成は誰がどう見ても先細りな少子高齢のザ・逆ピラミッド、経済成長も鈍化しさらに此れといって成長要素も資源もない。よく組織された企業と官僚が優秀なので分かりにくいが、外から見ていてやはり心もとないものである。

もう10年前から言われていて実際その通りになってきているのだが、もう企業に頼るのは間違いである。昔のように安定雇用や年功序列など望むべくもなく、いつ首を切られるかすらわからないという人はたくさんいるであろう。

首を切られる、とまでは言わなくても。

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金のためでない労働は楽しい

全サラリーマンのうち、『金のためでない』労働に従事している人は何%くらいいるであろうか。非常に少ないとは思うのだが、ほとんどたいていのサラリーマンは、金のために働いている。

もしも、貴方が金のためでなく労働しているのなら、それは幸せなことだ。他人から見たら、金を稼ぐ必要がないなら働く必要が無いのでは、と普通は思うところだが、貴方はすでに働く理由を知っているだろう。

働くという事はお金以外に実はとても多くのものを、人生にもたらしてくれるものである。

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高コンテクスト・低コンテクストの異文化交流

異文化比較のモデルとして、『高コンテクスト』と『高コンテンツ』の文化の相違というのはよく語られるところである。

どういうことかというと、至極簡単に説明すればコンテクストとは文章に表せない暗黙知や共通認識や感覚、コンテンツとは明文化されたもの、と考えればよい。図的には以下のものがわかりやすい。(どこかのBlogから無断引用)

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お詫びと雑感11 忘却

お盆というやつである。別に海外もお盆という風習があるわけではないのだが、更新できていなかったのは大変申し訳ないことであった。

更新できていない感、さまざまに思う事があった。それを、これこれこーいう風にブログに書きつけてやろうとかその場では思うのだが、メモをろくに取らずにしばし経てばきれいさっぱり忘れてしまうのである。

忘れてなんぼ

しかし、忘却というのは、悪くないものなのだ。何かを考え、それを忘れる。その経験は実は脳内にはずっと残っていて、ある時に些細なきっかけでふとそれがよみがえり、忘れる前の何倍も鮮烈に意識に焼き付けられる事がある。そして、そういう焼き付けられた意識によって、人は動いていくのである。

意識は、一度忘れ去られ、その後よみがえることで強く動機付けられる事がある。

受験勉強でも体験した人も多いと思うだろうが、一度は忘れてもいいと思って英熟語を覚えるとする。頑張って覚えるのである。でも、当然、忘れる。それを気にせず、次に長文読解を鍛えようと本を読みまくる。そうすると、1ページか2ページに、1つ、見たことがあるけどどうも思い出せない言葉が登場したりする。そこでまた記憶を手繰り、辞書をめくってその言葉の意味を理解したとき、ようやく腹に落ちるのである。

応用

広告手法でも利用される。

Aさんが聞いたことのないある製品の名前を、B君から聞いたとする。その時は、そんなのがあるんだ、ふーん、それでおしまいである。次の日にはもう忘れてしまっているだろう。しかし、ある日C先輩と話しているとき、何気にB君からきいたその製品の名前が出てきたとする。Aさんの頭のなかでは、B君とC先輩がその製品名によってつながり、自分が仲間外れになってしまうという危機感が生まれる。

それが2,3回と繰り返されると、Aさんはその製品を、さも昔から知っていたかのように錯覚する。そして、自分もそれを購入したいと強烈に動機づけられるのである。

人は偶然2、3回まったく違うきっかけで同じキーワードを聞くと、強烈に動機づけられるというのはマーケティングでは知られた話である。これもまた、忘却の作用であるといえる。

忘却も作用がある

忘れることで、生まれる。忘れることで、動かされる。

人はともすれば自分の頭で自分で考えて、自分の意思で行動しているように錯覚するものだが、頭の中にあるものだけが、人の意識ではないのである。その無意識エネルギーはどこに眠っているのだろうか?脳は宇宙の星にもにて、無限を感じさせる。

 

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というわけで、更新しなかったことを正当化するわけではないのだが、忘れることもよいことなんだよ、という韜晦であるのでありました。

お詫びと雑感10 盆

海外で仕事をしているとお盆というのはあまり関係ないイベントなのであるが、なまじ日系企業と絡んでいると結構先方のスケジュールが自分にもハネてくるので、自然と意識する。とはいえ、ああもうそんな季節なのか、とうっすら思う程度である。

という訳で、最近まだW杯の余韻で夜更かしが全くできておらず、日が変わる頃に仕事を終えて帰って倒れるように眠る日々である。朝は5時に目が覚めるという老人のような生活をしているので、あまりこのブログを更新する気分になれないのである。

ブログを更新するのは夜が良い。筆が進む。しかし、手紙を書くのは夜はダメだ。ひとりよがりになる。それはそれとして、雑感を。

 

■ 本棚

日本から持ってきた本をようやっと本棚にならべて文庫本から片付けていっている。昔良く読んだ本を読み返すのは、昔の自分と向き合うことに似ている。社会人になって2年目に読んだ本からは苦しみや辛さが伝わってくるし、5年目に読んだ本からは仕事んお楽しさと難しさが伝わってくる。6年目に読んだ本からは、新しい世界に行ってみたい、という思いが溢れるほど感じられる。

5年後、10年後の自分は、どんな本をよんで今の僕を見返すのであろう。腑抜けた姿を想像して苦笑するのが、目に見えている。

■ キーホルダー

鍵がかさばって仕方がなかったので、かっこいい赤い革のキーホルダーを買った。日本では買えないような本皮手縫いの製品が安く手に入るのは素晴らしい。真っ赤な色は単純に見た目がかっこいい以上に、鞄の中や机の上で見つけやすい。

見つけやすい色のキーホルダーというのはまっこと機能的。

■ 頭を下げられるという事

ビジネスをしていてあまり好きではないのは、はるか歳上の男からペコペコと頭を下げられる事である。企業の営業というのはそういうものだし、僕も幾度と無くお客様にペコペコと頭を下げてきたのだが、若輩者に経験豊富な営業マンがあまりそう卑屈になるものではない。だからといって傲慢に振る舞うのはもっといけない。

じゃあどーすればいいんだ?と考えた時どうだろうか。うーん、仕事の話を熱く語られるのが一番楽しいかなあ。30ちょいという年齢は、若いころ燃えたぎっていた(であろう)仕事への情熱や好奇心が、まだまだ黒い煙をたてて燻っている年齢である。ぱっぱと扇げばまだまだ燃えるのである。

金融でも医療でもITでも、いい歳(40↑)をした男が夢中で仕事の話をするというのは、見ていて気持ちが良いものである。

■ STAP細胞疑惑

この事件を僕は、『科学技術立国・日本の葬式に参列している気分で』眺めている、と書いた。そしたら先日、理研幹部であり数々の実績を残した有望な研究者が、理研内部で首吊り自殺をしたという。

葬式が例えでなくなってしまった。悲劇である。

彼が生きて研究を進めていれば、僕が将来かかるであろう重大な病気に対して画期的な治療法が確立していたのかもしれない、というのに。女に人生を奪われた男、どこにでもあるストーリーといえば、そうなのかもなぁ。

■ 数字に強い?

数字に強い人間は仕事ができるとよく言われる。僕も全く同意である。ある会社の業績を眺めて、単位が千と百万が混在するだけで、もう見るのもイヤです…というような人間が平気で仕事をしているのが、社会というものだ。

他には、Quotationを眺めていて、どこが比較的高くてどこが比較的安いか、合計しておかしい所はないか、どこがどれだけの誤差を許容するのか、どこを同調性すれば総合的な金額が動くか…など、そういう計算や算段がどうしても苦手、というひとがいる。

こういう人は、頭のなかで数字を扱う事に余り慣れていないのである。だから、数字に関する記憶も非常に薄くなる。結果、覚えられる事というのが少なくなり、データを蓄積しない、Googleのような頭の構成に変わってしまう。

算数を教える教師にこそ、社会経験、特に経営の経験が必要だと僕は強く信じているが、…信じている人は他にあんまりいないだろうし、いてもブログにわざわざ書かないだろうから僕がココに書く。ほんまそうやって。