sametimeme's diary

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自己生産活動のバランスが自己を救う

 東京でまだ駆け出しのサラリーマン時代、それこそ社会常識から学び始めた22,23歳の頃に、とても尊敬する先輩に出会ったことがある。その先輩は大変優秀なコンサルタントであり、また、同時にある楽器がプロレベルにうまい奏者であり、また、僕も嗜んでいたボクシングの達人であり、また、ダンサーであり、スケートボーダーであった。かつ、トップアマの写真家であり、俳人であった。

ただの多趣味な人間ではない。それぞれの趣味が、普通のアマチュアの域を超える所にまで達しているのである。音楽関係の記事で名前を目にしたかと思ったら、別の雑誌の投稿写真コーナーで入賞して、月給くらいはする高価な機材が当選したりしていた。ちなみに、天は三物も四物もあげ放題というやつで、ものすごくイケメンであった。僕が知り合った頃は確か資生堂だかP&Gだかの超美しい女性と付き合っていたように記憶している。

彼はとても気さくに話をするし、とても多くの引き出しを持っている。僕がもっていたとあるキーホルダーはマニアックだが後に有名になるユニットのものだったのだが、社内で唯一それを言い当てたのも彼だった。「それ俺も欲しいけど売ってないんだよね」と言われ、とても嬉しかった覚えがある。

彼と食事を共にした時に、僕は憧れの眼差しで彼を眺めていた。(今もその気持は変わらない。)彼はいつも自分は何者でもないような素振りで話をするし、すでにその分野で世界的な有名人とセッションを行ったりしてるようなレベルなのだが、初心者のようなものの話し方をし、あらゆることに異常な好奇心を持っていた。

かつて、なぜそんなに多方面に、かつ奥深く踏み込んでいけるのか、その理由を訪ねてみた事がある。彼はこういった。

「ホントいろんな事しまくってるよね、俺。なんとなくさ、面白いなーと思って、まずやってみる。すると、どっかで絶対壁に当たって、面白くなくなる時がくる。そんなときには、まずその壁を乗り越えてやろうって考えるんだよ。一つでも多くの方向の壁を乗り越えていた方が、たまに絶対に乗り越えられない壁にぶつかった時に、『ああ、あっちの壁は超えれたから、この壁は諦めてあっちを突き抜けてみよう』って思えて、精神のバランスは保てるんだ。

今、仕事がうまくいかないとする。でも、音楽と写真の方向にしっかり手を伸ばしてたら、仕事が全然ダメでも自分の中の精神のバランスは大崩れしなくて済む。すると、気分もマシになってきて、仕事の事で沈んでる自分を引き上げてくれるんだ。音楽がダメなときは、仕事が自分を引き上げてくれる。一見バラバラに見えても、実はそれぞれ繋がっていて、お互いを補完しあってるイメージだ。趣味って、そういうもんだと思うよ。」

この言葉は、僕の心に今でも残るほど、ガツンと頭に響いた言葉だった。当時、僕はまだ世界を知らなかった。帰国子女であり、多くの外資系のクライアントを抱えていた彼は、国際業務経験が豊富であった。僕は英語もろくにできず、日本でそのままごくごく平凡なサラリーマンとして一生を終えるのかなあ、と考えていたが、彼との出会いは、確かに、もっと多様な人々の中で自分の価値を発揮してみたいなあ、とぼんやり考える端緒となったのだった。

今、たまたまであるか必然であるかは分からないが、立て続けにうまくいかない事があり、気力が弱まり身体が動かなくなってしまっている。こんな時、支えてくれるのがこの先輩の言葉である。こんなときに本当に自分を助けてくれるのは、自分しかいない。バランスを取りつつも追求してきた趣味の道に、本当に助けられている事を自覚している。

人は言葉を拠り所に、気持ちを保つことができる。

が、そんな言葉というのは、一生のうちでもほんの僅かの言葉である。

その僅かの僅かの、ほんの一部分ではあるが、何年経っても僕にとっての拠り所の一つとなる、言葉なのでした。